日葡交流

稲畑産業とポルトガル共和国
1877年から約8年間フランスに留学していた創業者・稲畑 勝太郎は、諸外国との文化交流や友好親善を図る民間外交の促進に積極的でした。勝太郎はポルトガルの他、フランス、ベルギ-、ポ-ランド、カンボジア、エチオピア、ボリビア、チェコスロバキアの名誉領事としても活躍しました。
第二次世界大戦により他の国々との国交が途絶えた際も、中立国だったポルトガルとの関係は継続され、今日に至っています。
京都駐在副領事だった創業者に継ぎ、二代目社長の稲畑 太郎は大阪駐在名誉副領事に就任。大阪駐在名誉領事を務めた四代目社長の稲畑 勝雄(現・稲畑産業相談役)は大阪日本ポルトガル協会の初代会長となりました。
創業者の時代に遡る稲畑産業の民間外交促進の伝統は今日でも受け継がれており、現在稲畑 勝太郎社長はポルトガルの大阪駐在名誉領事、そして大阪日本ポルトガル協会会長として両国の交流と親善に取り組んでいます。

大阪日本ポルトガル協会設立総会風景
(1994年11月14日 於:ウェスティンホテル大阪)

設立総会後の懇親会場にて
ポルトガル帆船をバックに(左より)カルバーリョ文化参事官、稲畑 勝雄会長、サルゲイロ大使、オリベイラ経済商務参事官

稲畑勝雄会長(当時)にポルトガル共和国から永年の経済・文化交流の功労に対し、エンリケ王子勲章※グランデ・オフィシャル章授与(2001年11月20日 於:大阪リーガロイヤルホテル)
※エンリケ王子勲章について
エンリケ王子勲章は、大航海時代の先駆者として知られ、航海王子と称されたポルトガルのエンリケ王子(1394~1460年)没後500周年を記念して1960年に制定されたもので、ポルトガルの文化、知識、歴史と価値観の普及に尽力した人物などに贈られます。「エンリケ王子勲章グランデ・オフィシャル章」は、外国人に与えられるポルトガルの勲位としては最高位です。
日仏交流
稲畑産業とフランスとの関わりの原点は創業者・稲畑 勝太郎が19世紀後半、フランスに留学し合成染料などの当時の先端技術を学んだことにあります。帰国後、フランスから染料や染織機械の輸入を始めた勝太郎は日仏文化交流にも尽力しました。現在、稲畑産業では京都の「アンスティチュ・フランセ関西」が運営する京都フランス音楽アカデミーに協賛しているほか、大阪日仏協会を通した幅広い分野における両国の相互理解と友好親善の促進を図っています。
京都を中心とする日仏交流
1926年、駐日フランス大使だったポール・クローデル氏と稲畑 勝太郎はフランス語教育や日仏文化交流を促進するため、京都に財団法人日仏文化協会を設立しました。
大阪商工会議所会頭でもあった勝太郎は関西財界に働きかけ、1927年、同文化協会を運営母体とする関西日仏学館を京都・九条山に完成させます。勝太郎は同学館の1936年の京都大学前移転にも尽力しました。

京都九条山に建設された学館

京都大学前に移設され、2003年改装された学館
関西日仏学館は2012年から「アンスティチュ・フランセ関西」と名称を改め関西におけるフランス文化の発信に取り組んでいます。稲畑産業はアンスティチュ・フランセ関西が運営する京都フランス音楽アカデミーに協賛しています。
一方、1992年に関西日仏学館の九条山跡地に関西日仏交流会館(現 ヴィラ九条山)が建設された際には、稲畑産業の創業100周年の記念事業の一環と位置づけ、社内に建設準備事務局を設置し関係先にも寄付を募るなど、稲畑 勝雄社長(当時)の下、社員の総力を挙げて協力しました。

関西日仏交流会館(現 ヴィラ九条山)全景(当時)