

社外取締役鼎談
2024年5月に実施
監査等委員会設置会社に移行して2年、
稲畑産業の取締役会はどう変わったのか。
経営を客観的な視点から監視・監督する役割が
期待されている社外取締役の方々にお話を伺いました。

取締役 長南 収
在任期間 :2023年6月~現任
私の役割
日本で、そして中国、東南アジアを中心に健康を支えるサラダの食文化市場をつくり、リードしてきた食品メーカーで、製造部門はじめ営業部門の責任者を長く務めてきました。また、経営者として多様な経験と知識を積み重ねてきましたので、特に、商品のブランディング等を外部的視点から向上させ企業イメージや価値を高めていきたいと考えています。

取締役 萩原 貴子
在任期間 :2021年6月~現任
私の役割
長年にわたって製造業やサービス業の組織に関わる人づくりに携わってきたほか、グローバル市場での新規事業創出などについても経験してきました。特に人材開発や組織戦略の立案・推進に長く携わってきたことから、稲畑産業においても“時代の変化に挑戦し続ける人づくり・組織づくり”に貢献していきたいと考えています。

取締役 監査等委員 濱島 健爾
在任期間 :2020年6月~ 2024年6月
私の役割
長年海外で過ごし、さまざまな交渉事を積み重ねてきた経験は、商社ビジネスと重なる部分があると考えています。M&Aの経験もあり、成長投資についてもサポートしていきたいと思います。とはいえメーカーと商社では視点が異なることから、その違いをうまく生かして議論を行い、新事業や成長戦略の構築に貢献したいと考えています。
社外取締役の役割
長南様は稲畑産業の社外取締役になって約1年経ちますが、印象としてはどうでしょうか?
萩原
コロナが明けて、経営陣だけではなく幹部の方や従業員の方々とも直接、顔をあわせて交流させていただけるようになりました。それによって、会社への理解が肌感覚として深まっていますし、同じ価値観を共有したいと仲間として感じられるようになったと私も感じています。
長南
稲畑産業は130年を超える歴史があります。このように長く続く企業というのは大きく3つの特長があると思っています。1つ目は「よい考え方」、つまりよい理念を持っているということ。2つ目は「よい仕組み」があること。最後に「よい人材がいる」、つまりよい経営者がいることです。さらに、稲畑産業の場合は、経営理念に息づいている「IK(愛敬)バリュー」すなわち「人を愛し敬う」という精神に表わされているように、「何が正しいか?」という本質に向かっていて、目先の利益に走っていません。そういう意味で会社の印象は非常によいですね。特に、見えない資源である「理念」を大切にしている企業が長く成長、発展していると思っています。
濱島
ただ、稲畑産業に限らず、長く続いている企業の従業員自身は、実は自社の特長に気づいていないことが多いものです。また、「長く続いてきた」ことは、必ず将来の成功を約束するわけではありません。今までの価値観をさらにブラッシュアップしていく必要がありますから、その手助けをしたいと思っています。
萩原
私も長く続く企業の秘訣は何なのかと常々考えていますが、稲畑産業の場合、「変化する力」を持っていることが強みではないでしょうか。しかし、海外の従業員も増えていくなど環境がどんどん変わっていくなかで、今、濱島さんがおっしゃったように、いかに自分たちの強みをブラッシュアップしていけるかが課題です。そのためにも、自分たちの価値観や拠りどころは何なのかといった、今まで暗黙知だったものを言語化し、みんなで共有することが大事だと思っています。私たちが外から問いを投げかけることで、言語化するきっかけづくりに貢献していきたいですね。

稲畑産業のように長く続く企業というのは、
「よい考え方」「よい仕組み」「よい人材がいる」
という大きな特長があります。
長南 収
監査等委員会設置会社への移行
監査等委員会設置会社に移行して2年ですが、具体的な効果や変化をどう感じていますか?
濱島
監査等委員会設置会社に移行しようとなった際に「監査役会設置会社と何が違うのか」ということを徹底的に議論しました。そのなかで、権限を執行サイドに譲渡して決定のスピードアップを図り、取締役会はそれをモニタリングしてリスクや成長戦略を見ていく「モニタリング型の経営」を進めていくことにしました。ここが大きく変わった点です。権限を委譲することで、成長戦略や中期経営計画について取締役会でしっかり議論ができるようになりました。さらに、取締役会とは別に、社内・社外の取締役全員でディスカッションする機会も増えました。今回の新しい中期経営計画もつくる前から議論に参加させていただき、さまざまな意見を申し上げることができました。重要な決定のプロセスが変わってきている点は大きいですね。
萩原
機関設計が変わったことで役員構成も変わり、取締役会の多様性も高まっています。皆さんそれぞれ専門性も高く、さまざまなご経験をされています。さらに、監査等委員でない社外取締役と、監査等委員である社外取締役との直接的な交流の場も増え、非常に刺激のある意見交換ができるようになってきました。また、私は以前からもっと社外への発信を積極的にすべきだと提案してきましたが、この点も少しずつブラッシュアップされ、磨かれてきています。社外だけでなく、社内の理解にもつながり、よいスパイラルが生まれてきていると感じています。
長南
私は監査等委員会設置会社へ移行した後に入りましたので、以前との比較はできませんが、経営側・現場双方の話を聞かせていただき感じているのは、まだまだ経営側が掲げている目標、つまり「理想」と、現場が感じている「現実」とのギャップがあるのではないかということです。このギャップを我々社外役員がつないで埋めていかなくてはならないと思っています。例えば、成長戦略で10年先の話をするならば、10年先に旗振りをする人たちが責任者に入っているのかが、大切な視点です。そのように社外の客観的な視点で意見を言っていかなければなりません。また、「変化への対応」ではなく、「変化を予測して変化をつくること」の重要性についてもです。自ら変化をつくっていくには、そのギャップを“可視化”する必要があります。それが“動ける化”につながります。従業員にも分かるように可視化して初めて、現場が動けるようになるのです。
新中期経営計画の策定
「NC2026」の策定に至る議論について、お聞かせください。
濱島
先ほど社内・社外の取締役全員でディスカッションするという話をしましたが、新中期経営計画も丸一日かけて、セグメントごとの課題や外部要因などを踏まえながら、成長に向けた対策を1つ1つ議論しました。例えば、目標数字をどうやって達成するのか、投資配分はどうするのか、M&Aをするならば、PMI※を誰が見ていくのかなどについても、議論することができました。
長南
今回の議論の過程で分かりやすかったのは、セグメントの成長戦略を「コア」「成長」「ネクスト」と分け、それに必要な投資額を“見える化”していただいたことです。おかげで議論がスムーズに進みました。議論のなかで、私はメーカー出身ですから、「メーカーの発想では、“選択と集中”であきらめざるを得ない事業が出てくるものだ」と申し上げると、「稲畑産業は商社なので、止めてこなかったから花開いたものもある」といったことを社長から言われました。商社としての根底にある考え方を教えられた気がします。
萩原
やはり取締役会のなかだけでは踏み込めないことも、中期経営計画の議論に丸一日かけたおかげで議論が深まり、次の議論のステージに移れたのはよかったですね。議論のなかではサステナビリティ関連の話題も出て、共通認識を持てたこともよかったと思います。
※PMI: M&A後の統合効果を最大化するためのプロセス

中期経営計画の議論に丸一日かけたおかげで
議論が深まり、次の議論のステージに
移れたのはよかったですね。
萩原 貴子
サステナビリティ戦略
新中期経営計画に「サステナビリティ戦略」という柱が立ちましたが、何が重要と考えていますか。
濱島
サステナビリティに関して感じているのは、稲畑産業が将来どのように成長していくのかと考えたときに、本当に日本人の経営者だけで物事を判断していってよいのかということです。売り上げの海外比率も高まっているなかで、海外の人材を経営力として活用できなければ、真のグローバル企業にはなれないと思います。
萩原
人材に関しては、自律的な人材育成・人材活用が、日本社会のなかでも広がってきています。特に若い方は、そういう考えで働いています。ですから、組織で人を育てる、組織で守る、組織で継続性をつくる日本企業のよさだけでなく、そのインフラを使っている個人が積極的かつ自発的に活躍できるような場をさらに醸成していく必要があると思っています。それから、well-being、いわゆる健康経営という言葉も、サステナビリティで外せないキーワードになってきています。私は、稲畑の営業力の強み、すなわち、やるとなったら確実にやっていくという強みを生かしながら、稲畑が目指すwell-beingの実現に貢献できると思っています。
長南
カーボンニュートラルも世界的に避けて通れないテーマです。ただ、あれもこれも全部はできませんので、優先順位をつけて、稲畑として「ここは先頭を切る!」というメリハリをつけた発信をしていくことが大切だと思います。また、環境関連ビジネスで言えば、合成樹脂なら使用量を極限まで減らした薄くても強いプラスチックの活用技術なども必要ではないでしょうか。さらに、プラスチックを回収して、川上のメーカーと川下の小売とタッグを組み、グリーンビジネスにつなげていければ、稲畑らしいIK(愛敬)ビジネスも成り立っていくと思います。
経営人材の育成
取締役会の実効性評価では「経営人材育成」なども課題の1つに位置づけられています。
萩原
重要なテーマであることは認識しています。しかし、なかなか難しい課題で、まずは経営人材の候補となる幹部の方を把握している状況です。少しずつ前進はありますが、スピードアップしていきませんと先には進みません。特に海外の人材を含めた把握や面談は今後の課題だと思っています。
濱島
まずは、社長になるまでのプロセス、仕組みをつくっていくことが重要ではないでしょうか。例えば、執行役員ぐらいの経営幹部になれば、投資家から何を求められているのか、また、投資家だけでなく、従業員に対してもどんなメッセージを発信していくのか、サステナビリティの問題にどんな考えで経営を進めていくのかといったことに対して、多様な考えをしっかり持っていただかないといけません。ですので、執行役員にどんな方がいらして、その方がどういう哲学やビジョンを持っているか、どんな成果を上げてきたのかといったことを、ある程度、把握できるような仕組みを我々がつくっていきたいですね。
長南
重要なのは、人材プールのなかで「この人は営業では成果を上げてきたけれど、事業の戦略性の点は弱いよね」とか「経験していないのはここだな」「ここの考え方はちゃんと持っているのか」といった、複眼的な育成プランのなかで経営人材の育成をしていくことだと思います。5年10年先を見据え、人材プールのなかで絶えず5人程度に絞って複眼的なプランで育成していくことが、次のステップへ進むうえで大切なのではないかと思っています。
萩原
経営人材の育成に関連して、いわゆる非財務指標の部分を報酬にどう反映させていくかについては、去年から議論させていただいていますが、まだ十分に議論がつくされていません。これからの課題として具体的な議論をしていくことになろうかと思います。

執行役員にどんな方がいらして、
どんな哲学やビジョンを持っているかなど
私たちが把握する仕組みをつくっていきたい。
濱島 健爾
長南
今まではメーカー視点で物事を見ていたので、当初は商社の動きの本質について理解不足でしたが、丁寧に教えていただき、理解を深めているところです。現場の従業員の方々の声も聞かせていただき、ディスカッションする機会をつくっていただいていることも、稲畑産業への理解を深めるのに助かっています。