代表取締役社長 稲畑勝太朗 代表取締役社長 稲畑勝太朗

トップメッセージ

社会変化に対応した事業進化を実践し、
持続可能な商社の姿を追求し続けます。

代表取締役社長 稲畑勝太朗

130年を超える歴史から学んだ教訓

社会変化に対応することで、事業の中身を進化させてきた

130余年にわたる当社の歩みを振り返りますと、緻密な戦略に基づいて成長してきたというよりは、有機的かつ自然発生的に事業領域を広げてきたという認識を私は持っています。トライ&エラーの結果として失敗に至った新規事業のエピソードにもこと欠きません。そもそも創業者が1890年に京都で染料の事業を立ち上げたのも、前職において新たな織物工場の主任技師として最新鋭の設備導入に邁進するあまり経営陣と対立し、解雇されたことがきっかけでした。

ただし、当社はその時代ごとの社会変化には俊敏に対応してきたとは言えると思います。例えば、戦後の復興によって石油化学品の需要が増えることを見越し、我が国で初めてポリプロピレンの輸入を手掛けたほか、1970年代には国際化時代の到来を受けて、製造加工拠点を含めた海外拠点の設立を急ピッチで進めました。先人たちの努力の甲斐あって、現在では、海外の売上比率が60%ほどになっています。また、1999年には液晶パネルやLED材料などの市場拡大を踏まえ、情報電子部門が発足しましたが、この部門は急速に成長し、現在は当社の二大セグメントの一角を占めるまでになっています。反面、祖業であった繊維染料は、現在では全売り上げの1%未満でしかありません。世のなかのニーズの変化によって、いま目の前にあるモノやサービスは必ず必要とされなくなるときが来るし、反対にまだアイデアでしかないもののなかから社会を進化に導くものが必ず現れる、という当たり前の事実を、当社の歴史のなかにも見ることが出来ます。

経営理念に込めた、人間尊重の精神

「性弱説」のマネジメント

稲畑産業という会社を経営していくにあたって、最も大切にしている価値観は、創業期から社是として継承してきた「愛」「敬」の精神です。私たちが日々の業務のなかで効率を重視するのは当然ですが、仕事で接する相手はあくまでも「人」です。ですから相手を、まず人として尊重する姿勢で接することを、我々は先輩方の背中からも学んできたように思います。この姿勢は若い世代にも引き継がれており、そのためなのか当社の社員は取引先の皆様から可愛がって頂けることが多いと感じています。加えて、「今はまだ存在しないけど、何か面白くなりそうなネタはないか」といった探求心が旺盛です。こうした人柄や気質は、時代にあわせて事業を広げてきた原動力にもなっています。

創業者・稲畑勝太郎の書「愛敬(IK)」

創業者・稲畑勝太郎の書「愛敬(IK)」

また、どのような人間観を基礎に置くかによって、組織はさまざまに姿を変えるものだとも思っています。人は本来、善なるものに向かう心を持っていると信じていますが、同時に弱い存在でもあることを忘れてはならないという、いわば「性弱説」が、私にとって組織マネジメント上の原点です。もし人間に一時の感情や誘惑などに負けない真の強さがあれば、自律型の組織運営だけで十分なはずです。しかし、実際にはそれほど強くはありません。人は弱い存在だからこそ、内部統制やリスク管理のような仕組みが必要になるのではないでしょうか。“悪を取り締まる”というよりは、社員が「弱さ」に傾かないように、適切にチェックポイントを整備しておくことが大事だと考えています。

このような人間観や理念に基づいた経営が、時代や国境を超えて通用するものなのか、試されるような場面もこれまでに幾度かありました。厳しい局面にさらされる度に、私なりに自問自答を繰り返して来ましたが、「愛」「敬」の人間尊重の精神が次世代に引き継ぐべき価値観であるという考えに変わりはありません。

今後の事業環境に対する認識

サステナブルな商品・サービスへの引き合いが続く

2023年5月から、新型コロナウイルス感染症の位置づけは、季節性インフルエンザなどと同じく「5類」に移行されました。しかし、私たちの社会は「コロナ以前」には戻らないと考えます。世界経済がリセッションに陥る可能性も拭えませんし、程度の差こそあれインフレが常態化し、当面はエネルギーや原材料の価格が急速に下がることはないと予測されます。また、各国の中央銀行はインフレを抑えるために、政策金利を引き上げる方向に進まざるを得なくなっています。インフレはある程度の段階で鎮静の方向に向かうと思いますが、そうなったとしても長年にわたって継続した世界的な超低金利時代は終焉したとみるべきでしょう。我々は現在の金利コストを前提にした、より高利益なビジネスに集中していく必要があります。

中長期の視点では、サステナビリティにつながる商品・サービスへの引き合いが、今後も継続すると見ています。この分野の活況は、もはや一過性のブームではありません。いわゆる「グリーンウォッシュ」を慎重に見分けることも求められますが、当社の持つさまざまな機能を駆使して、当社らしい環境ビジネスを着実に築いていきたいと考えています。具体的には、マテリアルリサイクルや未利用間伐材を使ったバイオマス発電などの事業が既にスタートしています。

代表取締役社長 稲畑勝太朗

マテリアリティと、今後の注力分野

「調達先の分散化」は、新たな事業機会。再エネと健康、食品ビジネスの展開を加速

当社は、持続的な成長に向けた6つのマテリアリティ(重要課題)を2022年に特定しましたが、そのなかの1つ「レジリエントな調達・供給機能を通じた価値提供」は、とりわけ重要な課題と認識しています。
企業の調達・購買において、コロナ禍での物流の混乱や地政学的な緊張の高まりを受けて、調達先の多様化、いわゆるマルチソース化に取り組まれるお客様が増えています。我々のような商社にとって、このようなニーズに応えていくことは、使命であると同時に、チャンスであるとも言えます。
グローバルなネットワークを活用した調達機能や加工機能を提供することで、お客様の期待に応えていきたいと思っています。

マテリアリティの1番目に「脱炭素社会・循環型社会への貢献」を掲げたのは、我々自身が持続的な成長を遂げ続けるためには、社会的なニーズに正面から取り組む必要がある、との認識を示したものです。先程も少し触れましたが、再生可能エネルギーと蓄エネルギー関連への取り組みは、当社のなかではかなり先行しています。加えて、人間の健康を支えるライフサイエンス・医療分野と、農業を含む食品分野への展開を一層強化し、確実な収益化につなげていく所存です。

マテリアリティ(経営の重要課題)

マテリアリティ(経営の重要課題)

サステナビリティ関連のビジネスは部門間に跨るテーマになりやすく、複数の部門で似たようなテーマを推進しているケースが増えてきました。形ばかりのプロジェクトチームを作るよりは、あえてセクショナリズムパワーを生かしてテーマが一定の規模に育つことを優先させてきましたが、そろそろ次の段階に入るべき時期に差し掛かっていると思います。

社会の持続可能性とレジリエンスの向上に貢献するには、
まず稲畑産業グループ自体の持続可能性が
確保されていなければなりません

持続的成長に向けた非財務資本の増強

人材を育て、情報を駆使し、持続的かつグローバルな成長を目指していく

ところで、社会の持続可能性とレジリエンスの向上に貢献するには、まず稲畑産業グループ自体の持続可能性が確保されていなければなりません。経営の任にあたる者として最も強く意識しているのは、当然のことながら、まず社員とその家族の命・生活を守ることです。会社とは、社員にとって生活の糧を得る場所であり、それが満たされていることが最低条件ですが、それにとどまらず自己成長を実現できる場でもあります。そのような場を提供していること自体に社会的な意義があります。従って、「人」を育て、生かすための環境を整えることは会社が持続的な発展を遂げるうえでの必要条件です。

現状では、グローバル人材の育成と、彼らが活躍できる制度を整備することが最も優先すべき課題だと考えています。戦後40年余りの海外展開において、本社の人事制度を現地に移植するやりかたは取らず、拠点ごとに制度整備を行ってきた歴史があり、それはそれで現地に根差した良さがあったと思っていますが、海外比率が6割を超える今の当社グループの実態を顧みれば、現地スタッフがワールドワイドに活躍できる機会を大きく増やすことが急務です。もちろん、各国・地域の諸制度や文化的な背景は異なっているため、人事評価や労務管理のルールをすべて統一するのは合理的ではなく、“緩い標準化”が現実的な解だと思います。処遇や評価制度にとどまらず、研修体系の整備など、課題はいくらでもあります。

商社が保有する経営資源のなかで、人材の次に大切なものは「情報」です。当社の社員は、仕事の現場でしか得られない、生きた情報を入手するのは得意ですが、その情報を蓄積・共有し、組織的に活用する点においては、まだまだ改善の余地があります。ある意味、伸びしろが大きいとも言えます。かなり以前に「情報」とは「記号+意味」である、という定義をIT関係の雑誌で読んだ記憶があります。最近はAIの発達に目覚ましいものがありますが、「記号」すなわちデータに意味を与えるプロセスにおいては人間に利があるのではないでしょうか。当社グループの国内外の拠点で日々蓄積されているデータに意味を与え、新たな事業へのヒントや、顧客の課題解決に生かせるような価値を生み出せるよう、デジタル技術の活用もさらに推進させたいと考えています。

稲畑シンガポールのスタッフとオフィスにて

稲畑シンガポールのスタッフとオフィスにて

将来も存在し得る商社の姿とは

同じ場所に安住せず絶えず変化するニーズに応え続ける

2030年頃のありたい姿として、さる2017年に策定した長期ビジョン「IK Vision 2030」の冒頭には、「“商社機能を基本としつつ”も、製造・物流・ファイナンス等の複合的な機能の一層の高度化を図る」と掲げました。

長期ビジョン「IK Vision 2030」
稲畑勝太朗

顧客と社会のニーズに応えながら、
価値ある存在として常に進化を続けるには、
「商社に徹すること」が重要です

これは、当社が120周年を迎えた際に、主に社員に向けて発した「もっと商社に徹すること」というメッセージと重なります。商社機能には単なる仲介にとどまらず、物流や製造加工、ファイナンス、事業投資といったさまざまな側面があり、それらの機能を融通無碍に組み合わせて社会のニーズに応えていくのが商社という存在です。絶えず変化し続ける社会のニーズに応えるために、人と情報のネットワークをさらに充実させ、情報を読み解くカギとなる専門知識と行動力に磨きをかけ続けることが「もっと商社に徹すること」という言葉の意味です。同じところには安住できませんので、決して楽ではない業態ですが、それだけにやりがいもあります。

最近、社外取締役の方々とのディスカッションのなかで、「当社は、ずっと先も商社のままでいいのだろうか」という問いかけを受けたことがあります。私にとっては「商社に徹する」にはまだまだ長い道のりが残っているように思えるので、違う姿はイメージできていませんが、変化を続けた先には、もはや商社とは呼べない業態になっているかもしれません。

業態への強いこだわりがあるわけではありませんので、ずっと先の「あるべき姿」の策定は次の世代に委ねようと思っています。