改めて大切にしたいこと
相手を理解する努力を重ねて、信頼関係の土台を築きたい
新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが5類に移行した2023年の春頃から人の流れが戻り、対面でのコミュニケーションも増えてきました。この頃から、「今の時代に適したコミュニケーション」について考えさせられる機会が多くなりました。昨今の企業組織では、ハラスメントへの意識が高まっているせいか、部下と接する上司・管理職は委縮してしまっているように感じます。もちろん伝え方には一定の配慮が必要ですが、正しい指摘や厳しい指導をすることは大切です。ただ、こうした局面ですべての人に当てはまるようなコミュニケーションスキルは存在しません。発言する側の立場や職責によって異なりますし、伝える相手によっても異なります。つまり、相手をよく理解してから発言しないと、指摘・指導の趣旨が正しく伝わらないこともあります。
また、お客様や取引先企業との雑談レベルの会話で得られる情報も、商売をするうえでとても大切だと考えています。仕事の話題だけに終始してしまうと、やはり相互理解は深まりません。コロナ禍では停滞していた“雑談を交えたコミュニケーション”を復活させ、相手を知る努力を重ねることで信頼関係の土台を築いていけると思います。
こうしたことを考えるなかで、2024年夏頃から社内で「社長懇談会」という取り組みをはじめることにしました。この懇談会は、毎回テーマを設定し、そのテーマに関心のある社員に集まってもらい、社員と私との対話の場を設けるというものです。1回につき最大15人程度を上限とし、私から何かを伝えるというよりも、「皆さんの考えを聞かせてほしい」というスタンスで臨もうと思っています。相手を知るためには、まず相手の言葉に耳を傾けることが必要ですが、私自身どこまで待ち切れるかどうか。失敗する場面もあるかもしれませんが、そのような姿もそのまま参加者に見てもらおうと思っています。懇談会は、まずは国内拠点で実施する予定ですが、海外出張の機会を生かして海外拠点での実施も進めたいと考えています。
一方、創業以来掲げてきた“「愛」「敬」の精神に基づき、人を尊重し、社会の発展に貢献する”という経営理念はきわめて普遍的な内容ですから、時代を超えて通用するものだと思っています。経営理念の普及・浸透活動には、これからも注力していきます。例えば、海外拠点のスタッフを日本に招いて開催している「グローバルスタッフミーティング」という研修では、主に理念と価値観・行動指針についてディスカッションしています。コロナ禍で4年ほど中断した時期もありましたが、2023年度には久しぶりに再開することができ、さまざまな国から集まった現地スタッフに本社の若手も加わって活発な意見が交わされました。今後も年1回のペースで、開催を継続していく考えです。

グローバルスタッフミーティング
事業環境の認識と、中長期に目指す姿
商社という利点・強みを生かしながら長期ビジョンの達成を目指していく
長年にわたって継続していた世界的な超低金利時代は、事実上終わりを告げたと認識しています。米国の金利引き上げについては一段落し、インフレも足元では沈静化方向にありますが、再びゼロ金利政策に戻ることはないでしょう。
こうした情勢下では、金利コストや資本コストをより強く意識した経営が求められることは当然です。加えて、日本では2024年4月から時間外労働の上限規制が建設・物流・医療業にも適用されましたが、この3業種に限らず、ほぼすべての産業で労働力不足が深刻化しています。このように、変化が激しく、先行き不透明な時代が続くなかで、長期ビジョンIK Vision 2030の達成に向けて着実に歩みを進めるためには、我々自身の強みと課題をしっかりと認識し、それに応じた手を打つ必要があります。社外取締役の方々とディスカッションした際に「将来も商社のままでよいのか」という問いを投げかけられたことがありましたが、そのような議論を通して我々自身の持つ機能や特徴を改めて認識したところもありました。
また、従来のオーガニック・グロースを中心に据えた戦略を経て、新しい成長ステージに入ったと認識しており、M&Aをはじめとした投資を積極化しています。2023年は、大五通商株式会社や丸石化学品株式会社が当社グループに加わりました。投資は成長を加速する有効な手段の1つと位置づけています。経営統合の直後から1年程度は組織形成などの面で重要な期間であり、経営統合のプロセス(PMI)をしっかりと担えるスキルをさらに磨く必要があります。そのための布石として、M&AやPMIを推進する「事業企画室」を2021年に新設しましたが、今後はキャリア採用による専門人材の獲得も含め、この事業企画室を大きくレベルアップさせていきたいと考えています。
前中期経営計画の振り返りと、新中期経営計画のポイント
事業の足場を固めつつ、投資の積極化によって成長を加速させる
「NC2023」の振り返り
前中期経営計画「New Challenge 2023(以下NC2023)」を振り返りますと、売上高がやや未達だったものの、円安と新規の連結子会社化の影響もあり、営業利益は目標を達成し、売上高・営業利益ともに3期連続で過去最高を更新することができました。
定性面では、自動車向け樹脂や環境負荷低減商材の売り上げ拡大など、主力ビジネスが総じて順調に進捗しました。また、米国におけるリチウムイオン電池関連材料の新会社設立への参画や、うなぎなど農水産加工の製造・販売を主業とする食品関連企業の子会社化など、今後の収益拡大に向けた準備を進めました。
加えて、ガバナンス面でも監査等委員会設置会社に移行したことでモニタリング型の取締役会運営に転換できたほか、NC2023で重点施策の1つに掲げていた「保有資産の継続的見直しと資金・資産のさらなる効率化」も計画を上回るペースで進捗したこと、将来有望な投資案件の発掘と事業プランニングに取り組む専門組織「事業企画室」を発足したことが成果だったと考えています。
新中期経営計画「NC2026」と、戦略体系
●中期経営計画と長期ビジョン

※会社株主に帰属する当期純利益
2024年度からスタートした新たな中期経営計画NC2026は、IK Vision 2030で定めた「ありたい姿」に到達するための第3ステージです。この3カ年は、先進国全体が成長の踊り場に差し掛かる局面だとみており、次にどのようなトレンドが到来するのかを予測しにくい時勢でもあります。従って、当社にとっては事業の足場を固める3年間だと位置づけています。
そのため、先にも述べましたように、投資の積極化による成長を加速していきます。オーガニックな成長を中心に据えていた従来の戦略は、ある意味、株主の皆さまの安心感につながっていた部分もあると思いますが、オーガニックな成長のみに頼っていては変化の激しい時代のなかでチャンスを逃すリスクもあります。投資とそれに続く事業運営のノウハウを獲得することは、我々自身の機能を拡大させることへのチャレンジでもあります。現在は政策保有株式の縮減を進める過程でキャッシュフローが積み上がっており、このような戦略を遂行する好機であると捉えています。
NC2026を策定する過程で、ボード・メンバーが一堂に会し、丸一日かけて議論する機会を設けました。すでに当社の取締役会はモニタリング型へ移行しており、取締役会のなかでも中長期的なテーマで議論をする機会はあるのですが、場を移して丸一日の時間をかけると到達できる結論の深さが違ってくることを実感しました。特に、社外取締役は客観的な立場から、ある意味、投資家と同じ観点で当社を見てくださっている方々です。例えば、事業の選択と集中についての指摘を受けた際には、我々社内の役員との認識の違いに気づかされたと同時に、社外の方々に対して説明をする際のポイントについても示唆を得ることができました。
NC2026では、これまで定性目標として表現してきた項目を整理し、1つの図にまとめました。幅広い分野で事業を展開する商社にとって、セグメントごとの戦略が成長戦略の中心になりますが、セグメントを越えた全社共通の方針を全社戦略として分けて表示しました。さらに、成長を支える経営基盤戦略として、財務戦略・サステナビリティ戦略・デジタル戦略の3つを掲げ、全体としてどこに経営資源を配分するかを表現しています。
●NC2026の体系図

財務戦略
財務面については、2023年3月末に東証からの要請が出る以前から、資本コストや株価を意識した経営に取り組んでまいりました。PBRについては、IR活動の場面でも度々投資家の方々と話題になっていたテーマです。PBR はROEとPERに分解できますが、ROEが目標としている10%を超えている一方で、成長期待を測る指標とされるPERが高まっていないことが、PBRが低い状態であることの原因であると分析しています。従って、資本コストをコントロールしROE水準の維持に努める一方で、成長戦略の着実な実行で継続的に事業価値を高め、成長期待を醸成することが必要だと考えています。
サステナビリティ戦略
当社は2022年に6つのマテリアリティを設定し、グループの事業活動に反映してきました。2023年度には、外部専門家の協力の下、当社の従業員を対象に「人権DDデジタルサーベイ」を実施するなど、取り組みを着実に進めています。そして、今回NC2026の公表と同時に、各マテリアリティに応じた長期的なビジョンとKPIなどを示した「サステナビリティ中期計画2026」を策定し、公表しました。サステナビリティの観点から当社のリスクとチャンスを洗い出し、持続的な成長へつなげる取り組みを今後も続けてまいります。
ステークホルダーの皆さまへ
多角的な視点で課題を洗い出し、 解決することで、 さらに企業価値を高めていく
稲畑産業という会社を、時代の要請やさまざまなステークホルダーの視点から見ると、課題はいくらでもあると考えています。そして、それらの課題に1つ1つ真摯に取り組むとともに、取り組みの過程で気づいた点をグループ内で共有し、欠けていた部分を補いながら少しずつ前進できれば、長期ビジョンの達成が射程に入り、企業価値を高めていくことができると考えています。
また、格付機関の評価など、社外からの指摘・評価を直視し、施策づくりや目標設定、日々の行動に反映していくことも大切です。投資家の皆さまからは、「商社の事業内容が分かりにくい」という声を依然としていただくこともありますが、より平易な説明を心掛け、ご理解をいただけるように努めることも、先ほど申し上げたような当社への成長期待につながるものと思います。
冒頭で、「人との良好なコミュニケーションを図るためには、相手への理解があることが前提」ということを申し上げましたが、これは社内コミュニケーションに限った話ではありません。引き続きステークホルダーの皆さまのお声に耳を傾け、当社の持続的な成長に結びつけてまいりたいと考えていますので、変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。
