管理部門担当役員
インタビュー

重点事業への積極投資はもとより、
保有するデータの利活用や人的資本の拡充によって、
中長期の成長基盤を強固なものにしていきます。

代表取締役 専務執行役員
管理部門全般担当
(総務広報・デジタル推進・財務経理・IR・業務推進・人事・リスク管理・海外管理・事業企画)

横田 健一

前中計の3カ年で着実に収益性は高まったほか、財務の健全性やガバナンス改革が進展

前中期経営計画NC2023(2022年3月期~2024年3月期)は、最終年度の売上高が7,660億円となり、目標の8,000億円には届きませんでしたが、営業利益については211億円となり、目標の205億円を達成しました。加えて、単年度で見れば2024年3月期の売上高と営業利益は過去最高を更新しました。純利益※については投資有価証券売却益が計画策定時の想定を下回ったことなどの影響で200億円となり、目標の225億円には届かなかったものの、前期比では増収増益となりました。このように着実に収益性は高まっており、2024年3月期のROEは10.5%と10%以上という目標をクリアしています。ネットD/Eレシオや自己資本比率についても目標数値内となっており、財務の健全性は維持できています。
また、監査等委員会設置会社への移行によってモニタリング型の取締役会運営への転換を図るなど、ガバナンスの強化に資する改革を推進できた点も、この3年間の大きな成果だと捉えています。

売上高の推移

売上高の推移

営業利益の推移

営業利益の推移

純利益の推移

純利益の推移

※親会社株主に帰属する当期純利益
(注)投資有価証券売却益を計上
2022年3月期89億円、2023年3月期86億円、2024年3月期37億円
負ののれん発生益を計上 2024年3月期34億円

ROEの推移

ROEの推移

さらに、NC2023の6つの重点施策の1つに掲げていた「保有資産の継続的見直しと資金・資産のさらなる効率化」は、政策保有株式の縮減が予定よりも速いペースで進捗しました。ここで留意すべきは、すでに政策保有株式の売却ピークは過ぎているという点です。今後は売却で得たキャッシュに頼ることなく、事業で創出した利益を成長投資に振り向けていく必要があります。
そのほか、前中計期間は、M&Aを含む成長投資を強化するべく、2021年に「事業企画室」という専門組織を発足させるなど、社内体制の整備に努めた3年間でもありました。その成果は、2023年に2社のM&A成就という形でさっそく実を結びました。こうした活動を加速しながら、長期ビジョンIK Vision 2030の実現を目指しています。

投融資

投融資

新中期経営計画「NC2026」の3カ年は、長期ビジョン達成までの重要なステップ

長期ビジョンに掲げた「連結売上高1兆円以上」という定量目標は、為替の円安効果などが追い風となり、私たちの想定よりも早い達成を見据えています。「海外売上比率70%以上」についても、同様の理由で2030年までにこの水準に到達できる可能性が高まっていると感じます。
一方で、最大の難関は主力である「情報電子」「合成樹脂」以外の事業をいかに伸長させるかです。この2大セグメント以外の事業を、売上高比率で1/3以上にするというのは、現状ではハードルの高い目標と言えます。但し、特に「生活産業」セグメントでは、収益性の高い商材が多く、事業規模も拡大傾向にあることから、「利益ベースで3分の1以上」であれば、2030年頃までには十分に達成可能だと考えています。
こうした成長シナリオをより確かなものとし、長期ビジョン達成までの次のステップとして策定したものが、新中期経営計画NC2026です。NC2023からの大きな変更点は、3カ年の「メインテーマ」を設定し、より成長に軸足を移した計画としたことです。また、NC2023では6つの重点施策を掲げていましたが、3年間の達成度合いなどを踏まえて進化させ、新たに設けた「成長戦略」に加えて、「財務戦略」、「サステナビリティ戦略」、「デジタル戦略」の3つからなる「経営基盤戦略」に整理しました。このうちの成長戦略については、グループ共通のテーマである「全社 成長戦略」と、各セグメントにおける注力項目を整理した「セグメント 成長戦略」に区分しています。また、サステナビリティ戦略に関しては、当社グループのマテリアリティに沿った詳細な戦略とKPI・目標を記した「サステナビリティ中期計画2026」として新たに策定しました。

「環境関連ビジネス」と「食品等生活産業ビジネス」
への投資を積極化する

「全社 成長戦略」の柱は、投資の積極化による収益拡大です。その重点的な投資対象を、「環境関連ビジネス」と「食品等生活産業ビジネス」の2領域に定めました。
環境関連ビジネスについては、EVの主電源であるリチウムイオン電池関連ビジネスの拡大を見据えて、情報電子事業の取引先メーカーへの出資などを実行してきました。また、米国政府も力を入れる太陽光発電は再生可能エネルギーの本命であり、ソーラーパネルなど発電装置関連の市場は今後も伸びると見ています。また、情報電子事業で取り扱うインクジェット染料なども環境負荷の低いものが好まれる傾向が強まっており、当社にとって商機となっています。合成樹脂事業でも、現時点では売上高比率は低いものの、確実な成長が見込めるリサイクルビジネスが有望です。リサイクルは廃棄物の回収から再資源化までの過程で、多様なプレイヤーが必要になるビジネスです。そのコーディネートなどでは商社機能が求められ、我々が提供する価値に比例して利益が確保できます。以上のような環境関連商材のポテンシャルを、私たちは日々の商いのなかで感じ取っており、それは業績にも現れはじめています。NC2026の3カ年では、当社にない機能を持つ環境関連企業への出資やM&Aを含む投資を、率先して実行に移していきます。

環境・エネルギー分野の売上高の目標( 情報電子セグメント)

環境・エネルギー分野の売上高の目標(情報電子セグメント)

食品等生活産業ビジネスについては、収益化までに長い期間を要する案件が多く、難易度は高いです。一方で、特に同事業領域のなかでも「食品ビジネス」はマーケット規模が大きく、当社としては市場価値の高い日本産食品・食材に着目しています。食の安全・安心が重視される昨今、日本産の食品はグローバルで商いのチャンスが広がっています。この分野に上流から下流まで手広く事業を展開していくことで、ほかの事業にはない高い利益率を実現させていきたいと考えています。言うまでもなくこの領域は、大手商社をはじめ多くの競合企業が存在しますが、そのなかで当社の強みが発揮できるのはマーケット規模が大き過ぎない、少しニッチな分野だと考えています。例えば、当社グループは、回転寿司チェーン向けの水産品加工・販売で一定のシェアを確保しており、また、シェアトップクラスを誇るブルーベリーの事業を北海道の自社農園で運営しています。そして近年は、これらの特色ある事業を起点に、隣接分野などへの人・情報のネットワークが広がっているのです。つまり、食の領域においても成長のポテンシャルが高まってきたと認識しています。
なお、「全社 成長戦略」のカギを握る事業企画室では、投資先の発掘やM&A対象企業の調査、買収後のPMIなどを担う専門人材の層を厚くすることが、喫緊の課題となっています。キャリア採用を含め、必要な打ち手を講じていきます。
重点投資領域以外の主力事業では、各事業セグメントを「コア」「成長」「ネクスト」に区分した新しい枠組みで、戦略を整理しました。「コア」とは主力ビジネスの深耕、「成長」は成長分野への取り組み強化と収益化加速、「ネクスト」は有望分野・地域の開拓です。これらの3区分に経営資源を投入し、成長を加速する考え方をNC2026のなかで示しました。この枠組みは、投資家の皆さまとの対話を通じて、より分かりやすい情報開示に関する気づきをもとに採り入れたものです。社外取締役の方々からも、概ね「分かりやすい」という評価を得ています。

NC2026「セグメント成長戦略」の枠組み

NC2026「セグメント成長戦略」の枠組

資本コスト・株価を意識した経営を実践。 人的資本に関するサーベイ結果の開示を継続

財務戦略
NC2026の財務戦略は、大きく2つの指針を立てて推進していきます。1つ目は「資本効率のさらなる向上と株主還元の重視」、2つ目は「資本コストや株価を意識した経営の実践」です。
当社では資本効率を重視し、2023年度からは役員報酬のKPIに、それまでのROICに加えてROEを追加しています。ここ数年の当社は、政策保有株の売却で最終利益が実力よりもかさ上げされている面がありますから、政策保有株式の売却が一段落した今後もにらみ「ROE10%以上の維持」を目標水準としました。その手段としては、分母となる株主資本をコントロールしつつ、事業の収益性を高めて利益を上げていくのが本筋だと考えています。
なお、2024年2月には東京証券取引所より、「資本コストや株価を意識した経営」の開示について、投資家の視点を踏まえた優良事例として評価をいただきました。実は当社は、2023年3月に東証からの要請が実施される以前から、「資本収益性や成長性といった観点で、どこが問題なのか?」を考えながら対策を練ってきました。今回は、この問題への対策を早いタイミングで取締役会において議論し、具体的に開示したという点も含め、評価をいただけたと思っています。

政策保有株式※の縮減状況

政策保有株式の縮減状況

※政策保有株式:日本の上場株式

NC2026のキャピタルアロケーション

NC2026のキャピタルアロケーション

一方で、現状の課題は資本市場での期待値を表すPERが低いままだということです。専門商社の場合、事業上のリスクはそれほど高くないものの、時価総額が小さく流動性も低いため、ディスカウントされてしまうことが要因の1つだと感じています。但し、専門商社のなかにはPERが高い企業も存在します。成長への期待が低いとPERは高まりませんから、新中計で掲げた成長戦略の実行が重要になります。社外取締役の方々からも、以前から成長投資の必要性を指摘されており、今回の戦略策定に採り入れたという経緯があります。今後3カ年の目安として、フリーキャッシュフローのおよそ5~6割を成長投資に充てていきます。状況を見ながら自社株買いも機動的に実施しますが、原則として内部留保に回すことはしません。
株主還元については、NC2023において累進配当と総還元性向を概ね50%程度として還元を拡充し、投資家の皆さまからは概ね評価をいただきました。NC2026においても、この2つの施策は継続して実施します。

NC2026の株主還元の基本方針

  • ①累進配当
  • ②総還元性向の目安としては
    概ね50%程度

※1株あたりの配当額については前年度実績を下限とし、減配は行わず、継続的に増加させていくことを基本とする

1株当たりの配当金

1株当たりの配当金

※2024年8月時点

サステナビリティ戦略
今回新たに策定した「サステナビリティ中期計画2026」の要点は、2022年に特定した6つのマテリアリティに沿って、戦略とKPIを打ち出したことです。以前、GHG排出量を2050年までに実質ゼロにする目標を掲げた際に、営業部門から「長期の数値目標だけでなく、達成までの戦略・方向性を示してほしい」という要望が多く寄せられました。そこで今回の中期計画は「2050年度カーボンニュートラル達成」という長期目標からバックキャストして、新中計の最終年度となる2027年3月期に「2022年度比25%削減」と定めています。

GHG排出量(スコープ1,2)の削減目標

2022年度比

  • 2026年度までに25%削減
  • 2030年度までに42%削減
  • 2050年度カーボンニュートラル達成
代表取締役 専務執行役員 管理部門全般担当 横田 健一

また、当社では6つのマテリアリティを大きく2つの枠組みでまとめているのですが、それぞれについて目標を立てました。1つ目の「持続的な価値創出」ですが、脱炭素社会・循環型社会の実現などに貢献しながら環境関連ビジネスなどを拡大していきます。環境関連ビジネスの売上高目標は2027年3月期に1,000億円としています。
2つ目の「事業継続の基盤」については、戦略の一番目に従業員のwell-being向上を掲げました。その達成度を測る手段は、年度ごとに実施するエンゲージメントサーベイです。仕事内容や経営理念に関する項目を含め、全項目に対する肯定的な回答率を70%以上に高めることを目標に定めました。社内では、集計結果の開示に消極的な意見もありましたが、会社の本気度を社外の方々にお伝えするには、サーベイで洗い出した現状の課題を開示しないことには説得力がありません。プレッシャーは感じていますが、明確な開示を続けていきます。

デジタル戦略
デジタル戦略の方針は、「経営情報インフラの高度化とグループ全体のセキュリティ強化」です。この方針の下で設定した諸施策のうち、「社内向け生成AIサービス等による生産性向上」では、非構造化データの活用に注目しています。企業が保有する情報・データの70~80%は、従業員が作成した電子ファイルやメールなどの非構造化データと言われています。こうしたデータは、現状では社内で必ずしも有効に活用されていません。生成AIによって、これら未活用のデータを統合・体系化すれば、既存のデータ資産から全く新しい価値を生み出せると考えています。リスク管理の観点では、年々脅威を増すサイバー攻撃に対応し、すでにEDR(エンドポイントセキュリティシステム)や、あらゆるシステムのログを集約・分析するSIEM(セキュリティ情報イベント管理システム)を導入するなど、「ゼロトラスト」の考え方に沿った情報セキュリティ対策の強化を図りました。
そもそも当社のような専門商社は、情報が生命線です。各部門・個人が蓄えている情報・データに、生成AIで横串を通せば、今までにない切り口での分析・加工がしやすくなり、生産性を飛躍的に高められる可能性を秘めています。

※ネットワークに接続されたPCや携帯端末で発生する不審な挙動やウイルス感染をリアルタイムで検出・分析し、必要に応じて対応する仕組み

ステークホルダーとの対話から得た 気づきなどを、「NC2026」のKPIに反映

稲畑産業グループは、これからも多様なステークホルダーとのコミュニーションを重視していきます。とりわけ株主・投資家の皆さまとは、日頃から真摯な対話を重ねていく考えを持っています。株主の方々との対話では、近年は資本効率を意識されていることを改めて実感していますし、ご期待や要請に応えていく意欲を強くしています。また、コーポレート・ガバナンスをはじめ、気候変動問題や人的資本の拡充など、ESGに関するご指摘やお問いあわせも増えています。今年度からはじまった新中計では、皆さまとの対話から得た気づきを、KPIに反映させています。今後も市場の声に耳を傾け、さまざまなご意見を参考にしながら、経営戦略に採り入れていく所存です。