管理部門担当役員×外部有識者 対談
豊田 一弘氏 Profile
シュローダー・インベストメント・マネジメント日本株式運用総責任者。1990年東京大学経済学部卒業、1998年国際大学大学院にてMBA取得。2008年4月シュローダー入社。2023年9月より現職。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員
管理部門全般担当 横田 健一
取締役 日本株式運用総責任者 豊田 一弘氏
変化を起こし続け、
長期的に企業価値を向上させるために
PLからBS重視へ―。財務戦略の質的な変化を評価
豊田
財務戦略の質的な変化に注目しています。まず、2017年度からスタートした中期経営計画New Challenge2020の頃は、PL中心の考え方に立っており、売上や利益目標を重視されていましたね。
横田
確かに、当時はとにかく収益の安定化と底上げを追求していた時期で資本効率を意識した経営にまで手が回りませんでした。2020年頃には収益も安定化してきて、またコーポレートガバナンス・コードなども、上場企業に浸透してきました。そこで経営会議の場などで、金融庁や東証が企業統治改革を実質的なものに深化させようとしている狙いや、機関投資家の声を紹介するなどして、経営陣の意識あわせをしました。そのうえで、政策保有株式の縮減や株主還元の拡充、IRの強化など、改革を進めていきました。
豊田
なるほど。そのような経緯があったから、2021年度にスタートした中期経営計画New Challenge 2023では、PL中心の財務戦略ではなく、ROEの目標設定や資産効率性など、BSに軸足を移されたのですね。
東証は2023年に、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請したわけですが、上場企業に求めるものとして、「株価」や「PBRなどの市場評価」を明示した点が、従来の通知内容とは明らかに違っていました。御社が2021年度の段階で、いち早くこうした点にフォーカスした経営に舵を切ったことを評価しています。
「バリューチェーンに関与し続ける」という確信を得たい
横田
現中期経営計画New Challenge 2026では、「成長の加速」をキーワードに掲げました。この中計期間やその後の当社に、何を期待されますか。
豊田
投資を積極化し、成長に向けて資金をどう使うか、つまり“wise spending”に期待しています。その意味では、御社がこの3カ年のキャピタルアロケーションを、NC2026で初めて開示されたことは、非常に意味のあるものだったのではないでしょうか。
横田
そうですね、高水準の株主還元は維持しながら成長投資を重視する以上、キャピタルアロケーションの開示は必須だと考えていました。
豊田
商社ビジネスは、一人当たり生産性をどう上げていくかが重要で、そのための施策にも注目しています。
横田
生産性の向上や中長期の成長基盤構築には、バリューチェーンの重要な段階に食い込むための“機能”が鍵になります。資金の一部をM&Aや資本参加などに投じ、顧客やメーカーの機能を部分的に代替できるような事業を付加していくことが大切だと認識しています。
豊田
おっしゃる通りですね。例えば安定して利益を上げ、成功しているビジネスがあるとします。その価値創造プロセスに深く関与している商社が、他社ではなく稲畑産業だとすれば、そこには必然的な理由があるはずです。投資家としては、「この機能提供により今後も長期にわたってバリューチェーンから外れることはない」という確信を得たいのです。
株価の低バリュエーションや、認知度不足に対して
横田
商社という業種ならではの課題も感じています。何かアドバイスをいただけますか。
豊田
商社の場合、商権を突然失ってしまうことも考えられ、投資家から見てトップライン(売上高)が想定しづらいのです。この問題に対しても、前述した「バリューチェーンにしっかり食い込めている」事実を、丁寧に説明することが有効です。御社には、この部分の情報開示にもっと積極的になってほしいと思います。
横田
確かに、先ほど話した「機能」に関しても、やや説明が不足していたかもしれません。当社は時価総額からはいわゆる小型株に分類されますが、小型株に対してはどのような懸念をお持ちですか?
豊田
小型株については、ガバナンス面などでリソースが十分でなく、ある日突然利益がなくなるという突発的な事象が起こりやすい。また、投資家の意見がどれだけ経営陣に伝わっているかが分からないケースがあります。
横田
そうした意味であれば、IR面談での投資家の声をできるだけ取締役会へフィードバックすることを常に心掛けていますし、当社では「株主との対話の実施状況等について」という標題で毎年開示しています。
豊田
そうですね。投資家からすると、自分たちの意見がどのように経営に反映されたかなどを把握できるため、評価しています。投資家が持つ疑問や懸念に対して、どう向き合い、どう改善しようとしているのか、が分かると、大きな失敗はないだろうと捉えることができます。
豊田
また、株式投資では「水準」と「変化率(デルタ)」という観点も重要です。例えばROEが10%というのは「水準」の議論であり評価です。一方で、「変化率」とは10%から7%に下がるのか、12%に上がるのかという観点です。「10%がこれからどうなるのか?」という、変化への期待がポイントになります。御社はこれまで、少しずつでも着実に変化を遂げてきた企業です。今後も世の中にとって価値ある存在として、常に変化し続けられるかを、投資家は見ています。
横田
その期待に応えるためにも、あまりトレーディングという殻にとらわれすぎないことも必要と考えています。M&Aについては、当社の既存チャネルにない分野や事業も対象になります。自前で育てるために必要な時間や機能を買うことも必要です。投資対象を選別する際には、当然ながら利益率には拘っていきます。ダイナミックに成長するために、慎重かつ大胆に投資を実行していきます。
豊田
株価に付与されるプレミアムは経営のクオリティを反映します。この観点で言えば、M&Aは経営のクオリティを測るうえで非常に重要な要素です。投資家はM&Aの効果を過去のトラックレコードに基づいて判断していますので、企業が過去のM&Aからどの程度のシナジーを創出しているかを示すことができれば、投資家の確信度を高めることができると思います。これからも御社の変化に期待しています。


横田
豊田さんは、長年にわたって当社を調査・分析されてきたわけですが、最近の経営内容をどのように見ていますか。