愛が真ん中
河津 俊一
2004年入社
情報電子第二本部
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01
Early phase

いきなり浴びた
“社会人”の洗礼。

いきなり浴びた
“社会人”の洗礼。

入社してすぐのこと、あまり覚えていないんです。とにかくたくさん叱られていました。とりわけ配属後すぐに担当したあるメーカーのお客様は、大変厳しい方でした。あまりの厳しさに、他社の担当者は次々と音を上げていたほど。1年目からそんな相手を担当したものだから、電話のかけ方やメールの文面、提案書の中身など、上司でも気づかないようなことまで毎日毎日、指摘の嵐。さらには他のお客様では考えられないほどのスピードも要求される。数カ月間、まさに死に物狂いでした。

02
Sympathy

本気が、
本気を呼び込む。

本気が、
本気を呼び込む。

ただ、なんとなくそれが心地良かった。不思議とそのお客様と波長が合ったと言いますか。スピード感も要求の高さもどこかうれしく感じていました。もともと負けん気が強い性格で、追い込まれることに慣れていたのはあると思います。でも何より、その方の仕事に対する本気度に共感していました。24時間365日、お客様と本気で向き合い、できることはすべてやろう。私もそう思っていたから、仕事に妥協しないその方の姿勢は、根の部分で共感できたのです。会社も若手の私を自由に泳がせてくれました。報告さえきちっとしていれば、基本的にやりたいようにやらせてくれて、上司は要所で顔を出す程度。だから、お客様の要求に応えることに全力を注げました。次第にお客様も私を信頼し、「これも担当してみる?」と新しい仕事を振ってくれるように。結局、シンガポールに赴任するまでの8年間で、取引額は大きく膨らみました。お客様に信頼されて商売を大きくしていく。この仕事の醍醐味を教えてくれたのは、間違いなくこのお客様です。

03
Singapore

カルチャーショック。
空回り、焦る日々。

カルチャーショック。
空回り、焦る日々。

日本での成功体験を胸に、営業マネージャーとして赴任したシンガポール。やる気は早速、空回りました。多民族国家ゆえ、いろんな国籍の現地スタッフがいるわけですが、みな基本は仕事とプライベートを切り分けていて17時にはさっと帰ってしまう。非常に戸惑いました。日本の商社マンもいろんなスタイルで営業しているとはいえ、「仕事にがむしゃら」という点ではどれほど均一だったことか…。当たり前だと考えていた習慣やルールも、ちっとも当たり前ではなかった。足場がガラガラと崩れていくような感覚を味わいました。これでどうやってチームとして成果を出せばいいんだと、茫然としたのを覚えています。

04
My Stance

稲畑の良さは、
型にはめないところ。

稲畑の良さは、
型にはめないところ。

でも、ほどなく気持ちを切り替えました。プレイングマネージャーとして自分が営業するときは今まで通りの自分流でいいし、逆にチームで動くときはメンバーの考え方を尊重すればいいのだ、と。私自身型にはまるのが大嫌いで自由に動ける稲畑の環境が好きだったのに、他の人を自分流の型にはめようとするほうがおかしいと気づいたのです。それからは気が楽になって心に余裕も生まれ、メンバーの良いところに目がいくようになりました。最終的には、一人ひとりの個性を活かしたチームのつくり方、何より成果の出し方は一つじゃないことを目一杯学んで帰国しました。

05
Future

印刷の概念を新しく。
海外で道を拓く。

印刷の概念を新しく。
海外で道を拓く。

シンガポール駐在のときから現在まで、インクジェットプリンター向けの原料や関連部材を販売しています。と言うと、「インクジェットプリンターって基本あまり先がないんじゃ?最近ってデータでのやり取りが主流だし…」と思われがちですが、とんでもない。すさまじい伸びしろを秘めた業界なのです。技術が進歩した結果、これまで印刷できなかったもの、たとえば壁紙やタイルなど住宅用建材や服の模様もプリンター印刷でまかなえるようになってきました。オリンピック選手のユニフォームや有名ブランドのTシャツもインクジェットでのプリントが増えています。流行に敏感で購買意欲も高い欧州、安価な原料を入手しやすい中国、高度な技術力を持つアメリカ…。稲畑の海外ネットワークを最大限活用して「インクジェット業界に稲畑あり」というポジションをこの手でつくりたいと思っています。そのためにも、海外全拠点を見る総支配人になるのが目標です。ま、そんなポジションは今のところありませんから、是非とも私が第一人者になりたいですね。