稲畑産業株式会社

RECRUITMENT INFORMATION 2018

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私と商売

梅村 光弘/1998年入社/合成樹脂第一本部/成型材部/東京第一営業課長

その国に行って、見て、聞いて、初めて見えてくるものがあるんです。

海外ビジネスの始め方

英語力ほぼゼロからの海外駐在!
それでも、何とかなるものです。

当社で合成樹脂の商売といえば、日本よりも海外の方が圧倒的に多いのが特徴です。そんなわけで、合成樹脂を専門的に扱う商社マンとしての私のキャリアも、その大半は海外で培われました。私が最初に海外赴任の辞令を受けたのは、33歳の時。マレーシアのジョホールバルの現地法人に、ローカルスタッフ14人を束ねる、たった一人の日本人の責任者として赴任せよ、とのことでした。聞いた時はかなり衝撃でしたね。思わず、当時の部長に、「またまた、ご冗談を」と言ってしまったぐらいです(苦笑)。

33歳なら、いい頃合いと思われるかもしれませんが、当時、営業マンとしての私のキャリアはわずか3年。その上、英語にもまったく自信がなかったのです。そんな中、マレーシア駐在は、英語との格闘から始まりました。最初の頃はスタッフとともに取引先を訪問しても、全く話すことができずじっとしているだけ。後でスタッフに必死に会話の内容を聞いていました。しかし、朝から晩まで、お客様やスタッフと話すのもメールを打つのも、英語しか使わない状況の中、3〜4カ月もすると英語のヒアリングやリーディングが楽にできるようになり、さらに徐々に自分の考えを話すこともできるように。そして半年後のある日、突然、英語がペラペラになって驚きました。

マレーシアでの商売は日系家電メーカーの工場に、当グループ会社の現地工場で加工したプラスチック原料を供給するというものでした。すでに商流はしっかりできていて、私の役割はマネジメントが中心。最も重要な使命は、経営判断でした。一つひとつの商売の条件を慎重に吟味したり、拠点の人員計画を考えたり、中長期的な視点で拠点運営を行っていました。ある意味、自分の舵取り次第で、マレーシアでの商売が決まる。プレッシャーもありましたが、それ以上にやりがいを感じていました。会社の無茶振り人事(笑)から始まったマレーシア駐在でしたが、結果的にはかけがえのない時間を過ごすことができ、海外拠点でマネジメントを担ったことは自信になりました。

世界を相手にする仕事

どんな大きな商売も
誰かの小さな一歩から始まるんです。

「おまえ、これから何するの? 夢はあるのか?」。そんな言葉を投げかけられたのは、マレーシア駐在を経て、シンガポールの現地法人にマネージャーとして異動して2年目の頃でした。声をかけてきたのは、出張ベースでインドの商売を開拓し、当社のインド拠点を確立した、シンガポールの前任者です。はっとしました。そういえば、シンガポールの責任者は過去から、世界の他のエリアの商売を開拓するスターターの役割を担っていたのだと。

それからの私は、「新興国の新規開発」に情熱を注ぐ日々。足掛かりの一つは、取引先のサプライヤーが手がけていない国で、ポテンシャルがある国を狙うことでした。たとえば、バングラディッシュであれば、アパレルの工場があって、プラスチックのジッパーの需要があるだろうと見当がつく。ならば、そこに樹脂を売り込もうと。そして現地の工場を訪ね歩き、情報を取っては別の工場に行く。この繰り返しで、「商売になる」とピンとくれば、「この国、一緒にやりませんか」とサプライヤーに説明するのです。必要とあらば、営業マンを現地に一緒に連れて行って説得したりもしました。最終的に、サプライヤーからの協力を得られるかどうかが、商売の成否の鍵でしたね。

バングラディッシュ、トルコ、サウジアラビア、UAE、エジプトと、商売の可能性があればどこへでも行く。そんな中、どの国においても、現地に行って、見て、聞いてつかんだ情報は、インターネット等、机上で収集するだけでは絶対に得られない商売の次なる鉱脈の宝庫でした。たとえば、「この国では医療機器ビジネスが伸びそう」「家電は見込みがない」などと具体的な状況が見えてきて、商売ターゲットの確度を上げていくことができるのです。こうして得た貴重なマーケット情報をもとに新しい商売をつくっていくプロセスには、掛け値なく、未知の市場を開拓するチャレンジャーとしての面白さがありました。

その中で感じたのは、どんな大きな商売も、誰かの小さな一歩から始まるということです。私自身は最近日本に帰国しましたが、今でもバングラディッシュのジッパーの商売は続いています。

営業部の課長としての今の私の役割は、海外でアグレッシブに商売ができる人を育てること。部下たちに、海外での経験を通して得た考え方や商売のやり方、開拓の精神を伝えていければと思っています。

私と体力

商社マンの条件、それはタフであること。

あらゆる力の源

シンガポールで身についた
ランニングの習慣は、やめられません。

社会人になって以来、スポーツとはとんと無縁でメタボ予備軍だった私がランニングを始めたのは、シンガポール駐在時です。子供が現地の日本人コミュニティのサッカーチームに入り、週末に練習の送り迎えをしていたことがきっかけでした。同じく送り迎えをしていた父親たち同士が仲良くなり、おやじチームをつくることに。そうなるとサッカーの試合で走り続ける体力がないのがネックになり、その体力をつけようと思ってランニングを始めたのです。

体力づくりのためにランニングを週3日。さらに、ただ走るだけではモチベーションが続かないので、目標をフルマラソンに置き、シンガポールマラソンに数回参加しました。2013年度には歩くことなく完走。最終的には75分程度はピッチで走れるまでの体力がつきました。それに伴い、健康診断の結果も飛躍的に改善されたのは言うまでもありません。

帰国後の今もランニングの習慣は続いていて、週3、4日、出勤前の朝6時から10キロ程度、走っています。いや〜、ランニングっていいですね。無心に走れば、ストレスが全部取れるし、体力もついて身体も絞まります。

世界を相手に仕事をする商社マンに必要なもの。それは、連日、夜遅くまで飲もうとも、時差のある出張を繰り返そうとも、ものともしない体力。私の場合、今ではランニングで養った体力が、仕事に向かう力の源になっていると感じます。体力は若い人にはまだまだ負けません。

スポーツを通じた異業種交流。
一生大切にしたい仲間と出会えました。

シンガポールで結成した、サッカーのおやじチームでの活動は、体力だけでなく、あらゆる業界の「人」という財産も私にもたらしてくれました。チームメイトの中には金融業界、同業他社、官僚などさまざまな業界の人がいて、大いに刺激になったものです。当時、いろんな国に出張した際、「アジアの経済状況はどうなっているんですか?」と聞かれることが多く、説明する必要もあったのですが、チームメイトと話すとそのあたりの情報をばっちり入手できて、大変勉強になりました。

チームには、お客様の一人にも入ってもらいました。週末に練習や試合でお客様と会えば、その時に仕事の話もできる。そうすると、平日に面談の時間を割いていただかなくて済んでしまうことも。お客様にとっても、意外と効率的だったかもしれません。ちゃっかり、余暇を仕事にも活用していたわけですね。

でも、何よりも嬉しかったのは、みんなで一緒にサッカーで汗を流し、その後で飲んでしゃべって、人生の喜びを分かち合ったこと。絆が深くなり、帰国後もチームメイトたちとの交流が続いています。実は今日も、帰国組の証券会社のチームメイトと飲みに行くんです。日本でサッカーをやろうという話も持ち上がっているので、いつでも走れるように、体力を維持しておかなければと思っています。