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社長インタビュー
「愛」「敬」の精神を胸に、第四の創業の扉をひらく―


─これまでのさまざまな業務を通して、稲畑産業にはどんな良さがあると感じてこられましたか。

 まず、現場主義が根付いているという点が挙げられると思います。理屈であれこれ言う前に、まず現場に足を運んで、直接確認したり話し合ったりする、地に足の着いたところがあります。
  それから、身びいきかもしれませんが、社員の人間性が良い(笑)。おかげさまで、お客様にかわいがっていただけることが多く、そのことが質の高い情報を収集できる基礎にもなっていると感じています。
 また、互いに言いたいことが言い合える組織風土が残っていると思います。このような「組織の風通しの良さ」は、小さなきっかけで損なわれてしまうことも多いので、注意が必要ですが。私が20代の終わりにこの会社に移ってきた頃、仲間内で飲みに行った時でも、気がつけばいつの間にか仕事の話になっている。それも愚痴やぼやきではなく、当時の若手が「この会社をこう変えていかねばならない」といったことを熱心に語り合う姿が実に新鮮に思えたことを良く覚えています。こういう風土は放っておいて保たれるものではなく、努力して残していかなければと思います。

―逆に、課題として気づかれた点もおありですか。

 少し回りくどい答えになりますが、二十数年前の話から始めさせてください。私が入社したのはバブルの末期で、当社の業績も大きく伸びている時期でした。人員のおよそ半分、売上の3分の1を占めていた医薬事業を分離し、住友製薬が誕生したのが、その5年ほど前でしたから、当時は5年で分離前の売上規模に戻そうと、全部門が目の色を変えて頑張っていました。バブル景気に乗った部分もあっ たかと思いますが、その目標をいったん達成した直後にバブルの崩壊が起こり、ご存知のように日本経済は長い低迷期に入りました。当社の業績も停滞し、単体業績でバブル期の売上を超えるのに10年以上の月日を要しました。その間に海外の事業は順調に伸びたので、連結ではもっと早い時期に回復していましたが。話をそろそろ戻しますが、日本経済全体が「失われた10年」と呼ばれたこの時期に、当社もさまざまな改革を行ってきました。組織の再編や人事制度の刷新、執行役員制度の導入などを実施する一方で、見込みのない事業から撤退するなど、痛みを伴う作業も行いました。
 私が課題として感じていたのは、このような相次ぐ改革の中で社員にとって会社の方向感がわかりづらくなっているのではないかということです。もう少し具体的に言いますと、「稲畑らしさ」の中には良い部分も悪い部分もありますが、改革を強調し過ぎると、まるで過去がすべて悪かったように受け取られてしまいがちです。企業文化の中で守って行くべきものと決別すべきものを峻別して伝えていかないと安心して改革へ向かっていけないのではないかと漠然と考えていました。

─社長に就任されて、直に社員の方々と話をされるグループ別社長懇談会を国内外の事業拠点で開催されていますね。

 この懇談会は2006年と2007年に実施しました。2006年にはやや大きなグループに分けて十数回行いましたが、人数が多すぎて一方通行になりがちだったので、翌年にはもう少し小さなグループに分けて延べ29回、3か月にわたって実施しました。この機会を通して自分が考える会社の方向性を伝えようとしたつもりですが、必ずしもうまくは伝わらなかったかも知れません。ただ、全社員に共通の価値観を打ち出すことが必要だとの思いは強まりました。

─なぜ「共通の価値観」が必要なのですか?

 いま稲畑産業にはさまざまな経歴を持った社員が数多く在籍しています。グループ全体で見ると、学歴や職歴の違いに留まらず、人種や文化的背景もさまざまです。豊富な人材がいて、多様性をもたらしてくれるこの状況は実に歓迎すべきことですが、おそらく多様なだけでは、私たちは本当の強さを発揮することができない。そこには多様性を超えた「稲畑産業としての共通の価値観」が必要です。ビジネスのスピードが迅速化する現在ではトップダウンだけではなく、それぞれの現場の社員一人ひとりがいかに適切に判断して動くかがより重要になってきていますが、そのとき彼らは何を基準にして動けばいいのでしょうか。経営指標としては営業利益を重要視していますが、利益が出れば、何をやってもいいというものでもありません。むしろ利益を上げるという基準しか持たない企業は確実に衰退します。私たちは何のために存在するのかについて、一人ひとりの腹に落ちた共通認識がなければいけないと思います。

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