L'histoire d'Inabata ~受け継がれるパイオニアの遺伝子~
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5 1918年に株式会社となった稲畑商店は、第二次世界大戦により商業活動の規制が強まる1943年、社名を稲畑産業株式会社と変更、会社の存続に全力で取り組みました。 戦後、日本の高度成長とともに稲畑産業の事業規模は飛躍的に伸び、1961年の大阪証券取引所、翌1962年の東京証券取引所第二部上場を経て、1973年8月には両取引所の第一部に上場を果たしました。 紡織機械を輸入していた機械部門は電子材料などの取扱いを始め、情報電子分野に進出し、現在の基幹事業の一つとなりました。 創業以来、染料事業を展開していた化学品部門は、樹脂添加剤やコーティング原材料などへと取扱い領域を広げながら、高機能商材の提供に力を注いでいます。 日本の石油化学業界の発展とともに成長した合成樹脂部門は、海外での樹脂コンパウンド事業を強化し、OA・家電、自動車向け高機能樹脂を提供しています。国内では包装用・工業用フィルムの販売に注力しています。 合成樹脂部門の中で合板向け接着剤を販売し、後に独立した建材部門は、現在住環境部門として環境にやさしい住宅資材を販売しています。 食品向けコーンスターチの販売をきっかけに化学品部門から一旦独立した食品部門は、同じく化学品部門で医薬の中間体などを扱っていたファインケミカル部門と統合。新たに生活産業部門としてスタートしました。 住友化学の医薬品販売を担っていた医薬品部門は1984年、住友製薬株式会社(現・大日本住友製薬株式会社)として独立しました。事業の拡大

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