稲畑産業株式会社 社内報「いなほ」217号
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最新の文化を日本に届けたい――日本映画と稲畑の知られざるヒストリーvol.01創業時より脈々と受け継がれる稲畑産業の挑戦のDNAをご紹介します。日本で初めて入場料をとって映画の興行を行った、創業者・稲畑勝太郎(以下、創業者)。当時“活動写真”と呼ばれた最先端のテクノロジーは、いかにして日本にもたらされたのか? ここでその流れを見ていきます。映画興行120周年記念映画祭で稲畑社長が講演2月9日~15日、弁士付き無声映画を上映する精華千日前キネマ映画祭が開催されました。120年前に映画初興業が行われた2月15日、シネマトグラフを日本に紹介した創業者の曾孫として稲畑社長が招かれ、挨拶をしました。社長は、創業者が初めて映画を見た時の感動や、欧州文化を日本に紹介する使命感などについて語りました。「120年前の当時の映画がこの地で上映されることを、大変感慨深く思います」と述べました。シネマトグラフの歴史キネトスコープ、ヴァイタスコープの歴史発明期01187718911894189618961895創業者、リュミエールと出会うキネトスコープ発明「キネトスコープパーラー」オープンヴァイタスコープ発明創業者、シネマトグラフと出会うシネマトグラフ発明創業者15歳の時、給費留学生として絹織物生産で有名なフランスのリヨンへ。留学先で、リュミエール兄弟の兄、オーギュストと同級に。アメリカの発明王、トーマス・エジソンがキネトスコープを発明。箱の中を覗き込む形になるため、1人での鑑賞用とされた。エジソンがニューヨーク・ブロードウェイにキネトスコープを楽しめる施設「キネトスコープパーラー」を開店。エジソンがシネマトグラフの登場を受け、スクリーン投影式の映写機、ヴァイタスコープを発明。同年11月、神戸市の神港倶楽部にてキネトスコープを用いた試写が行われ※、翌12月には大阪市の福岡鉄工所にてヴァイタスコープを用いた試写が行われた。稲畑染料店(当時)を開業した創業者は、モスリン研究のため再度渡仏。オーギュストと再会し、シネマトグラフに感動。日本に持ち帰る。リュミエール兄弟が世界初のスクリーン投影式の映写機、シネマトグラフを発明。映画の撮影とその映写を兼ね備えていた。精華千日前キネマ映画祭で挨拶する稲畑社長14

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